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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和34年(う)65号 判決

被告人 宮崎京一

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

所論は、被告人は、政治団体である九州中部たばこ販売政治連盟佐伯支部長として本件文書を頒布することは公職選挙法違反になりはしないかと疑問を抱き、本件文書の推薦する衆議院議員候補者村上勇の秘書藤巻敏武に合法かどうかの調査を依頼した。ところが、藤巻は、さらに同候補者の秘書小野敏に佐伯市選挙管理委員会に行つて問い合わせるよう命じ、小野は、右委員会に委員長木村作太郎を訪ね、二種の本件文書の原稿を示し、公職選挙法により許された一五、〇〇〇枚を超えて政治団体として頒布するものとして合法かどうか尋ねたところ、木村は、政治団体として届出すれば本件文書をたばこ販売協同組合員に頒布することは差し支えない旨答えたので、小野は、これを藤巻に報告し、藤巻は、被告人に選挙管理委員会に問い合せたところ差し支えないとのことであつた旨答えた。そこで、被告人は、本件文書を頒布することは合法であると確信して、頒布したものである。そして、公職選挙法第六条によれば、選挙管理委員会は選挙に際しては投票の方法、選挙違反その他選挙に関し必要と認める事項を周知させなければならないことになつており、このことは選挙管理委員会は、選挙違反その他選挙法令に対する質疑を受けた場合適正な回答を与え、選挙違反の発生を防止する義務があることを命じたものであり、したがつて国民は選挙管理委員会の解釈を唯一のよりどころとして選挙運動をしているのが現状である。したがつて、(一)法令を読むものは国民の少数であり、しかも難解な法令を理解するものはさらに少数であつて、その国民の一人である被告人が前記のとおり選挙管理委員会の回答を信じて本件文書を頒布した以上、被告人にはなんらの過失もなかつたものといわなければならない。刑法第三八条第三項は法律の不知をもつて犯意なしとはしない旨規定しているが、前記のような本件の場合被告人の行為を処罰することは刑法の趣旨ではない。(二)また、一般通常人が前記のとおりの被告人と同一の地位状況の下におかれた場合本件のような行為をなさないことを期待することができないのであり、すなわち前記のような本件の場合被告人には期待可能性がなかつたことは明らかであるから、被告人には犯意があるとはいえない。したがつて、被告人を有罪とした原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、検討するに、構成要件に該当する具体的事実を認識していた以上、右事実についての刑罰法令を知らなかつたからといつて、故意(犯意)がなかつたとはいえない。しかし、右事実についての刑罰法令を知らずしたがつて違法性の認識を欠くについて、なんらの過失のない場合あるいは相当の理由がある場合があるのであつて、このような場合には故意があるとすることは相当でないから、故意がないものとしなければならない。そして、単純に刑罰法令を知らなかつたからといつて、過失がなく相当の理由があるとはいえないが、構成要件事実を実行する権利を有すると誤認したり、法律上犯罪の成立を阻却すべき客観的事実の存在を誤認した場合には、右誤認に過失がなくあるいは相当の理由がある場合がある。そこで、本件についてみるに、原審および当審において取り調べた証拠によつて考察すると、被告人は、所論のようないきさつで本件文書を頒布するに至つたものであることを認めることができるが、(一)佐伯市選挙管理委員会委員長木村作太郎は公職選挙法も検討せずに回答するというずさんな回答をしたのであるから、合法かどうかを真剣に心配して被告人が自ら行つて問い合せたなら、あるいは木村の誤つた回答を正しえたかも知れないこと、(二)しかも被告人は本件文書による被推薦候補者の秘書に問い合せ調査を依頼しているのであつて、右秘書から選挙管理委員会に問い合せたところ差し支えない旨の回答をえてはいるが、このように被推薦候補者の秘書に問い合せることは間違いが生じやすいものであること、(三)被告人は公職選挙法その他の関係法令を検討していないこと等をも認めることができるのであつて、右諸事情を考慮すると、被告人が本件文書頒布の違法性の認識を欠いたことに過失がなくあるいは相当の理由があるとはいえないので、被告人に故意がないとすることはできず、被告人は処罰を免れない。また、右諸事情を考慮すると、被告人に期待可能性がなかつたとすることもできない。論旨は理由がない。

(裁判官 二見虎雄 後藤寛治 矢頭直哉)

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